今、古くて新しい「炎症」という病理が、現代医学で新たに真剣に研究されてきています。ほとんどすべての病気には炎症が関係しているというのです。
炎症の定義は、一言でいうと、有害刺激に対する生体局所の防衛反応であり、発赤、疼痛、発熱、腫脹をきたすということになります。
しかし、これでは何のことか素人にはよくわかりません。
そこで、指先のことを考えてください。
酸素を多く含んだ動脈は体の抹消に行くほど細くなり枝分かれしていき、ついには一層の内皮細胞のみからなる壁の薄い内径の小さい毛細血管となります。そこでは、血液と血管周辺の組織や細胞が薄い内皮細胞のみを介して接触することになり、初めて血管内外の物質の交換がおこります。このあたりを微小循環系と呼びます。
生体の組織に、ウイルス、細菌、寄生虫、化学物質などの異物が攻撃を加えると、生体はこれらを貪食、分解、被包隔離して自らを守ろうとします。
そのため、微小循環系に一連の反応がおこります。
まず、微小循環系は一過性に収縮したのち、拡大し、通常は閉じている内皮細胞間隙が開き、この間隙を通じて血漿成分が組織間質に滲出する血管透過性亢進がおこります。これにはヒスタミンやセロトニンが関与してきます。
また、白血球、マクロファージ、リンパ球なども組織間質へと出ていきます。これらの血漿成分、細胞成分によって組織細胞の増殖が促され、壊れた組織は回復へと向かいます。
以上が一過性の炎症反応で、生体は異物の攻撃から守られるわけで、これはこれで非常に素晴らしい機能なのですが、これがもし慢性的におこると問題なのです。これら一連の反応が、異物を攻撃し排除するだけでなく、自らの組織も攻撃してしまうのです。
心筋梗塞、脳梗塞、糖尿病、アルツハイマー病、アトピー性皮膚炎、がん、骨粗鬆症、慢性疲労症候群、うつ病さえも炎症という病理が深くかかわっているのです。この炎症を最初から終わりまでコントロールするのがエイコサノイドという物質なのです。
では、このエイコサノイドとは何なのでしょう。
ごく簡単にいえば、必須脂肪酸が代謝されて細胞膜でできる最終の物質で、その細胞および付近で強力なホルモンのような働きをする、骨格に炭素原子を20もつものです。(ギリシア語でeikosiは20を意味します)
したがってローカル・ホルモンといってもさしつかえないでしょう。
また、エイコサノイドができるには、脂肪、特に人体で合成することのできない必須脂肪酸を含んでいる脂肪が絶対不可欠なのです。
最近はコレステロールや中性脂肪がまるで諸悪の根源のように敵視されていますが、その考えを基本的に改めなければいけません。
特にエイコサノイドの産生に深く関係しているのが、オメガ3(ω3)系統とオメガ6(ω6)系統の不飽和脂肪酸です。
オメガ3とか、オメガ6とは、不飽和脂肪酸を構成している炭素の二重結合の位置によって、分類されるからです。
しかし、その説明は専門的になりすぎますので、ここでは省略します。
次の代謝図を見てください。
最後のグリーンの文字でかいたものがエイコサノイドです。

ちょうど糖の代謝にかかわるホルモンであるインスリンとグルカゴンが互いに反対の作用を行いながら血糖を調節しているように、数多くのエイコサイノイドはそれぞれの役目を担って、拮抗しながら、細胞レベルで瞬間ごとに隣接する細胞や組織のミクロ的環境調整に間断なく対応しているわけです。
PGがプロスタグランジン、PGIがプロスタサイクリン、TXがトロンボキサン、LTがロイコトリエン、LXがリポキシンで、まだ他に水酸化脂肪酸、イソプロスタノイド、エピイソプロスタノイド、イソロイコトリエンなどがあるのですが、煩雑になるので省略します。
ここで多くのエイコサノイドを、炎症を促す作用のあるものを悪性、抗炎症作用を持つものを良性というように分類します。非常にあらっぽい分け方なのですが、ここではわかりやすさを優先させます。
簡単に要約すると、次のようになります。
高血圧、狭心症、心筋梗塞、脳梗塞、喘息、リウマチといった慢性疾患や生活習慣病、ひいてはがんなど、つまり、ほとんどの病気は悪性エイコサノイドと深くかかわりあっていることがわかります。
細胞膜のレベルで定義すれば、病気とはエイコサノイドのバランスが崩れ、悪性のエイコサノイドが良性のエイコサノイドを慢性的にはるかにしのいだ状態であるといいかえることができるかもしれません。
ω3系列、ω6系列、どちらの系列からも良性、悪性のエイコサノイドが代謝されてきます。
しかし、ω6系列からのアラキドン酸から代謝されてくる悪性エイコサノイドの方がω3系列からの悪性エイコサノイドより作用が強く(たとえばTXA3<TXA2)、またロイコトリエンのLTB4、LTC4、LTD4、LTE4などのアレルギーに深くかかわりあう活性の強い悪性エイコサノイドもアラキドン酸から代謝されてくるのです。
特にLTC4、LTD4、LTE4 はヒスタミンなどよりも100~1000倍も強力であるといわれています。
また、ω3系列の脂肪酸EPAからのPG3とTA3は、ω6系列からのアラキドン酸への代謝を抑制してくれます。
したがって、EPAは総体として良性エイコサノイド優位にもっていき、普通の状態では人体に有利に働くわけです。
複雑なのはω6系列のリノール酸→ガンマリノレン酸→ジホモガンマリノレン酸という経路からできるエイコサノイドです。
これからの話に大切なので、ω6系列の代謝にのみ焦点を絞った簡単な図を次に書きますので、それを参照しながら読んで下さい。
また、リノール酸とリノレン酸は特に混同しやすいので注意して下さい。
英語でもまぎらわしく、linoleic acid 、linolenic acidとたった一字ちがいです。
図を見ておわかりのように、ヒトに不利に働く、多くの活性の強い炎症性の悪性エイコサノイドは、アラキドン酸から代謝されてきます。したがって、ジホモガンマリノレン酸からアラキドン酸の産生を少なくしてやれば、健康によいのです。それには、Δ5デサチュラーゼという酵素の活性を抑制することです。この役目をはたすのは、先ほどのEPAとグルカゴンです。逆に
逆に活性を高めるのが、インスリンです。
インスリンとグルカゴンは血糖調整において互いに拮抗しあいながら働くホルモンです。
Ⅱ型糖尿病(インスリン非依存型糖尿病)の多くにおいては常にインスリンが過剰に分泌されています。したがって、糖尿病患者さんには炎症性の悪性エイコサノイドが過剰に産生され、一冊の本ができるほどの合併症がおきてくるのです(糖尿病についてはあとで詳述します)。
また、甘いものは健康に良くないといわれますが、その根拠は、実は(糖分増加 → インスリン増加 → Δ5デサチュラーゼ増加 → 悪性エイコサノイド増加〉ということだったのです。
そこで極端な人は、いっそのこと悪性エイコサノイドの起源になるリノール酸をはじめからとらなければいいのではないかと、考えるかもしれません。
しかし図からもおわかりのように、リノール酸からは良性のエイコサノイドもできてくるわけで、大元をカットしてしまえば、いいものまでいっしょに失われ、これもバランスが崩れ、健康を害します。
しかし、この考えにはけっこう真実に近いものがあります。なぜなら、現代人はあまりにも過剰のリノール酸をとり過ぎているのです。
1960年代、つまり半世紀ほど前、動物性脂肪のバターやラードをやめて、植物油やマーガリンにしようという‘リノール酸’神話が生まれました。
その神話は1991年に発表されたフィンランドの研究で、完全に崩れ去ったはずなのです。しかし、今でもその神話が尾をひいているのか、アメリカ国立予防衛生研究所の脂質栄養学の専門家ウイリアム・ランズ教授によると、現代工業化先進国の人間のリノール酸摂取は、必要量の10倍にもなっています。
日本人の場合、多少それよりもましですが、日に2グラムで十分なところをその5倍はとっているのです。
また、日本人の動物性タンパク質の摂取量がこの50年間に急激に増え、それにつれてアラキドン酸の摂取量も増えているはずなのです。
たとえば、1955年には日に22.3グラムの動物性タンパク質の摂取量が、1979年には39.4グラム、2002年には45.9グラムと50年前に比べると、2倍以上になっています。
ここで示されている動物性タンパク質がすべて魚由来のものであれば問題はないのですが、牛、豚、羊、鳥も含まれているはずで、その場合、アラキドン酸の増加が深刻な結果を引き起こします。
特に最近は、魚より豚肉や牛肉のほうが安いので、そちらのほうの消費が大きくなっています。そして、それと符合するように、喘息、花粉症、アトピー性皮膚炎、リウマチ、そして「がん」が増えてきているのです。
それには、このリノール酸過剰摂取による悪性エイコサノイドの増大も一役かっていることは間違いありません。
ちなみに、血液中のω6とω3の比率(ω6/ω3)を日米で比較したとき、日本人の場合、それが3、日系アメリカ人が12、アメリカ人が16で、アメリカの食事が圧倒的にω6系統の脂肪、つまりリノール酸などが多いということがわかります。
その分、向こうは心・血管系を中心としたいわゆる生活習慣病をはじめ、がん、糖尿病、アレルギー疾患、それにリウマチなども日本よりはるかに多く、かつ重症です。
したがって、ここでの結論としては、次のようになります。