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「余計なお世話だ!」

「Ⅰ」脱・病院化社会へ

ここに述べることは、あくまで一般的な参考としての情報であり、読者が医学知識を増やすための自習の助けになるものであり、それを越えるものではありません。
また、ご自分の症状を正確に把握せず、ここに書かれてあるサプリメントを摂ったり、治療法を行い、症状が悪化しても、いっさい責任はとれません。 インターネットにより、Dr.牧瀬のアドバイスを受けられたい方は、こちら


「余計なお世話だ!」

 今の日本で白内障により失明する人はいません。日帰りで手術できます。虫垂炎で死亡する人もいません。心筋梗塞でも、ICUに運び込まれると命をとりとめます。静脈瘤も簡単に治ります。昔と比べると「痛み」もずいぶんコントロールできるようになりました。iPS細胞のおかげで、おそらく30年以内には、自分のDNAとまったく同じDNAをもった腎臓や肝臓をつくりだせ、移植の際、拒絶反応の問題をクリアーできるようになるでしょう。臓器売買のあやしいビジネスも存在しなくなるのです。つまり、医学は人類を幸せにしているのです。

 しかし、それでもいまだに糖尿病、がん、リウマチ、ネフローゼはおろか、ニキビ一つ満足に治せないのです。いわんや、ハッチンソン氏病、天疱瘡、ミトコンドリア病、色素性乾皮症、脊髄小脳変性症、等々ともなると手も足もでないという状態です。寿命がのびたのは、医学の発達というより、一般大衆の衛生状態の改善によることのほうが大きいのかもしれません。

 40年以上前、1976年に書かれているにもかかわらず、迷走する現代医療を見事に批判する、今、最も読まれるべき名著『脱病院化社会』の著者、イヴァン・イリッチは次のように書いています。

 「たとえば結核の流行は、二世代以上にわたって頂点をきわめていた。
ニューヨークにおける結核死亡率は、一八一二年には10000人に対して700人とされているが、コッホがはじめて結核菌を分離・培養した一八八二年には、人口比万対三七〇にまで低下した。

 さらに療養所が開設された一九一〇年には、万対180まで低下したが、それでも結核は人間の死因の第二位を占めていた。第二次世界大戦終了後、抗生物質の使用が当然となる以前に、すでに死亡原因の第一一位まで落ち、死亡率は万対四八となったのである。
 コレラ、赤痢、チフスなども同様に、医師のコントロールと無関係に頂点にいたり、ついで勢いを減じてきた。それらの疾病は、その病原が理解され、特定の療法が発見される以前に、その毒性を、ついで社会的影響の多くを失ってしまっていた。猩紅熱、ジフテリア、百日咳、麻疹の死亡率は、一八六〇年から一九六五年の間に、一五歳以下の小児にあって、ほぼ90パーセント減じているが、それも抗生物質が使用され、ジフテリアの予防接種が広範に行なわれる以前のことである。

 これらの事実は、一つには微生物の毒性の減退あるいは住宅の改善などによっても説明されようが、最も重要な要因は、栄養が改善されたために宿主(人間)の抵抗力が高まったためと考えられる」



 普通、私たちは、少なくとも抗生物質やワクチンの発見で結核、ポリオをはじめ、多くの伝染病が克服されたと考えています。
しかし、イリッチはそれすら否定します。こういった伝染病が少なくなったのは、医学のせいではなく、下水道の管理、石けんの普及、栄養状態の向上といったものに起因するであるというのです。そして、現代医療は無力であるばかりでなく、医原病(イアトロジェニック)さえ蔓延させていると喝破するのです。

「過去一五年間における新しい疾患という重荷の大部分は、病める人々、あるいは病む可能性のある人々のために医療が介入したことの結果であるとも言え、その割合は次第に高くなっている。それは医師がつくるもの、すなわちイアトロジェニックなのである。医学のユートピアを追求して一世紀たつが、現在の一般的知恵に反して、医療サービスは、実際にみられる余命に変化を与えるほどの役割も果たしていなっかた。現代の臨床ケアの大部分は、疾患の治癒にとって偶然のものにすぎず、医療によって個人および集団に及ぼされる障害は重大である。こうした事実は明らかであり、実証されているが、おしかくされているのである」



 私がこの本と出会ったのは、医者になってすぐの頃です。当時はまだ現代医療の成果を信じていたころです。しかし、最近、イリッチのいいたいことが、身に染みて理解できてくるのです。私たち医者(特に内科医)がやっていることは、ひょっとすると、かなりの高率で、患者の状態をかえって悪化させていることがあるではなかろうか、という疑問です。簡単な例をあげると、医者は、患者が風邪をひいて熱があるということで安易に解熱剤を投与します。しかし、発熱はウイルスや細菌に対する生体の一種の防御反応で、熱性の痙攣をおこすほどの状態でなければ、むしろそのまま放置しておいたほうが良い場合があるのです。その方が、治りは早いのです。

 つまり、このように単純な例でも、医者は患者をたすけているのではなく、むしろ治癒を遅らしているかもしれません。
 ましてや、高血圧、高脂血症、不整脈、更年期障害といった病気においては、どれだけ医者は、余計なことをしているか見当がつきません。そして、その極めつきの介入が、2008年から始まった「メタボ検診」です。国家が半強制的に、国民に健康診断を受けろというのです。そして、あなたの治療はかくあるべしと、紋切り型の治療法を指導するのです。これは、少々、僭越ではないでしょうか。

 医療におけるファシズムのにおいがします。「大日本健康帝国」へ歩まされる気配がします。日本人すべてが、世界に冠たる帝国の健康な臣民になることができれば、それは決して悪いことではないでしょうが、ファシズムはたいていうまく行かないものです。むしろ、その官僚性と傲慢は、行政という非人格的曖昧さで糖衣されており、国民が健康への自立性を奪われ、さらに健康を劣化させる道へと仕向けられる可能性があるのです。
 しかも、驚くべきことには、その強要に対して、「余計なお世話だ!」という反撥の声がほとんど聞こえないのです。自分の体を、イリッチがいうところの『官僚性と幻想とを伴った巨大な医療組織』に、預けてしまうことにさえ、何の恐れも不信感も抱かないように、私たちは飼いならされてしまったのかもしれません。

 本来、人は自宅で死を迎えるものでした。ところが、現代では病院で死ぬのがほとんど当り前の事態になっています。イリッチは次のように続けます。

「ヨーロッパにおいては、中世の終わりごろには、病院は貧困者のための慈善施設として都市建築の一部になった。18世紀末までは病院に入ることは帰る望みのないことだった。健康回復のために病院に行こうとするものは誰一人としていなかったのである」



そして、彼曰く、「病院における死はいまや風土病ともいえるほどである」なのです。

 この言葉は、まさに正鵠を得ており、それは一流の医学雑誌が次々と取り上げているのです。
 たとえば、JAMA(The Journal of the American Medical Association)2008、299:2495-6 によると、毎年、病院は少なくとも10万人のアメリカ人、4万人のイギリス人の命を医療ミスで奪っており、アメリカだけで100万人以上の人々を傷つけています。また、1994年の同じ雑誌では、18万人以上が病院で医療ミスにより殺されており、それは2日ごとに3機のジャンボジェットの衝突に等しいと算出されるのです。

 そして、2007年のLancet(イギリスの医学雑誌)には、カナダ政府の委員会は、病院は鉱山や工場より危険なところだという結論をだしたという記事が載っています。また、2007年のBMC Infectious Diseasesというインターネットのサイトは、毎年アメリカでは入院中におよそ2百万人が何らかの感染症にかかっていると報告しています。

 2009年の日本も同じです。次のような事態です。

『多剤耐性菌に23人院内感染 4人死亡、福岡大病院 呼吸器通じ拡大か
2009年1月26日 提供:共同通信社
昨年10月から今年1月にかけて、福岡市の福岡大病院救命救急センターの集中治療室(ICU)に運ばれた患者23人が、ほとんどの抗菌薬が効かない多剤耐性のアシネトバクター菌に院内感染していたことが23日、分かった。
うち20-60代の男女4人が死亡。病院側は「2人は感染と無関係の死亡だが、残る2人は因果関係がないと断定できない」とした上で、感染が人工呼吸器の使用を通じて広がったとの見方を示した。―――』



 23人にうち、4人が死亡。そのうち2人は感染と関係がないとしても、残る2人は、おそらく感染で死亡。つまり、10%の確率で死亡。10人のうち1人が死亡する病気とは、まさに、「風土病」なのです。

 ところが、ますます人々は健康回復のために、病院に、クリニックに、足しげく通うようになってしまいました。そして、採血され、生検され、放射線で、エコーで、内視鏡で検査され、骨密度を測定され、山ほど薬を処方されるものの、医師との対話は3分で終わるという、極めて異常な診療風景が日常茶飯事となってしまったのです。
 そのため、患者と医師の基本的信頼関係は蒸発し、医師は医療を独占するにもかかわらず応召義務を怠り、患者は常識を越えた「モンスター・ペイシェント」となり、希望のない医療訴訟がいたるところで多発しているのです。
 それなのに、なぜ人々は病院に行くのでしょうか? 環境汚染による病気自体の増加? 高齢化に由来する生活習慣病の増加? 医師不足? 資本主義経済のもとにおける利潤追求型医療による扇動? 大手製薬会社の医学界操作?

 いずれも、もっともらしいのですが、問題の本質は違ったところにあるようです。それは、私たち自らが、私たちの健康を管理し、病を癒す能力があることをすっかり忘れてしまったからなのです。さらに、医薬品会社・医療機器メーカーが、私たちからその能力の存在を忘れさせるよう巧妙に仕掛けます。それは、利益をあげることを至上命令とした資本主義という経済システムのもとでは、当然のことであり、決して非難されるべきものではないのですが、倫理的に市場経済とは可能な限り無縁であるべき医師たちも必然的に巻き込まれていきます。そして、病院に行かなければ、医者にかからなければ、検診を受けなければ、病気は治らないと、誰しもが自然に思うようになっていくのです。

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