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レヴィ=ストロースとサルトル

Part3 ペルー

 たとえば、彼と同時代のサルトル。レヴィ=ストロースは「野生の思考」の最終章「歴史と弁証法」で、痛快なまでにサルトルの実存主義の西洋中心主義を批判しています。これを的はずれな批判だと、レヴィ=ストロースを逆に批判するサルトルの研究者はいますが、サルトルのヨーロッパ中心主義は体臭として匂ってくるほど、はっきり言って、不愉快であり傲慢なものです。この体臭を感じられないほど、サルトルの信奉者は嗅覚が麻痺してしまっているのです。

 レヴィ=ストロースと比べれば、サルトルも井の中の蛙だったのです。
パリというヨーロッパの井戸に棲息し、パリのキャフェでしか仕事をしなかった(もちろん、外国にはたびたび出たかもしれませんが、レヴィ=ストロースと比べれば、ヨーロッパしか知らない、お話にならないほどの田舎者です)、実に狭隘な精神の、知の俗物にすぎなかったのです。と、ここまで書くと、サルトルの信奉者(いまだにいるんですかね?)から、おまえは何にもわかっとらんのにとおしかりを受けそうですから、この辺でやめておきます。
チェ・ゲバラはサルトルに会って政治指導を受けたことは有名ですが、もし、彼がレヴィ=ストロースに会っていたら、おそらく南米の歴史は大幅に変わっていたでしょう。パリのキャフェで生まれたサルトルの哲学が、南米の先住民さえ解放しようと試みたチェ・ゲバラを助けることなんぞ絶対にあり得ません。これは、断言できます。なぜ、断言できるのか?それは、サルトルは現場を見ていなかったからです。
シャーマン、カワサさんに、あなたはリマに行ったことはありますかときくと、ありませんという答です。故郷はここから船で25日ほどかかるエクアドルの国境近くのジャングルで、そのあたりまでが自分の行動範囲で、遠いところといえば、せいぜいイキトスだとおっしゃる。世界は巨大なニシキヘビ、アナコンダによってつくられていたと思っていたが、最近、キリスト教が入ってきて、よくわからなくなってきたと正直に言われる。こういう人たちに、「歴史的状況」や「アンガージュマン」は一体何のかかわりあいがあるのでしょうか?
ヨーロッパ的歴史の必然性と、カワサさんの種族の歴史は、どこでつながるのでしょうか? 大阪の「なにわ裏金融」のやーさんたちに、資本主義による搾取の体系を非難するより意味のないことです。

 もしサルトルが一週間でもアマゾン先住民と一緒に生活していたら、彼の西洋中心主義の哲学体系は一瞬のうちに瓦解していたことでしょう。もし、瓦解していなければ、それはまさに愚かとしか言いようがありません。つまり、レヴィ=ストロースとサルトルでは、その視野の広さが違うのです。レヴィ=ストロースは多様な人類の現場を見ているのです。


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