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イキトスの産業

Part3 ペルー

 イキトスは1750年にイエズス会によって開かれました。フランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸したのが1549年ですから、その後200年にわたり、彼らは営々として世界の隅々までに、普及活動していたのです。ちなみに、1750年は、日本では、享保の改革で有名な、八代徳川吉宗が死去した年です。イエズス会がやって来たときの人口など知るよしもありませんが、今は80万弱です。

 1880年代、自動車が生産され始め、そのタイヤに使うゴムを供給する町として、1900年代の最初の20年は非常に栄えたようです。
しかし、ゴムの木の種が盗まれ、特にイギリスがマレーシアでゴムのプランテーションを始めてから、イキトスのゴムブームは終わりました。今はアマゾンの熱帯雨林で伐採される材木の輸出基地として、あるいはアマゾン観光の拠点として、それなりの活気を呈しているようです。また、ペルーとエクアドルの国境には石油資源もあるそうです。
カムカム それと、カムカムという果物です。アマゾン川上流のペルー側が原産地で、アマゾン川流域の、流れの緩やかな湖沼の水辺に自生します。特にイキトス周辺に多く、その直径2センチほどの赤紫色の実は、ビタミンCをオレンジよりずっと含んでいます。実は傷みやすく、冷蔵技術がない時代は長距離輸送ができず、ペルーでさえカムカムを知らない地域があったそうです。今は世界中のサプリメント業界から注目を集め、日本にまで輸出され、インターネットでも簡単に購入できます。東京農業大学のウエブサイトでも売っているほどです。キリンの「午後の紅茶」シリーズにもカムカムがあります。

 東江さんも昔、カムカムの事業にかかわられたそうです。アマゾン川の支流を往来しながら、カムカムの実を摘み取っていくのです。しかし、日系の輸出業者のつまらない駆け引きで、値崩れがおこり、結局今はもうからない商売になっているようです。
一昔は、アマゾンの熱帯魚を日本に輸出する商売が盛んだったそうです。ところが、東南アジアでアマゾンの熱帯魚が養殖できるようになり、ぴたりとその商売が終わってしまいました。ペルーから輸入するより、東南アジアからの方が、圧倒的に輸送費が安いからです。ゴムの木の種が盗まれ、マレーシアでプランテーションができるようになり、イキトスのゴム産業がすたれたのと少し似ていますね。


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