ドクター牧瀬プロフィール ドクター牧瀬プロフィール

● 医者になるゾ。志の原点 ● 哲学に目覚め、翻弄された学生時代。
● 開業、現代医療への挑戦。● 医者に殺されないために。
● 脱病院化社会へ、ネットクリニック始動。

医者になるゾ!志の原点。
ぼくは医者になろうとは夢にも思っていませんでした。もとは文科系です。
したがって最初に入学したのが早稲田大学政経学部政治学科です。
しかし、ちょうど学生運動はなやかなりし頃で学内は騒然とし、まともに学問をするという雰囲気ではありません。
今は、ぼくはどちらかと言えば、天皇の存在は日本に必要であると考える程度の右ですが、その頃は学生運動にこそ参加していませんでしたがかなり左です。
しかし、おそらく当時のソ連から資金的にバックアップされて、真実を知らないままに、極東の島国の学生たちがゲバ棒をもってギャーギャー怒鳴りたてているような雰囲気でもあります。そこで考えたのが、右も左もなく、何をするにも金がいるという、あからさまで単純で切実な真実です。 それを身にしみて理解するには、現実知らずの頭でっかちの学生さんは旅に出なくてはいけなかったのです。
横浜からナホトカ、そしてモスクワと旅し、そこからヨーロッパ、アメリカと世界を一周したのです。ちょうど20才のころです。世界はまだ東西冷戦、中国は文化革命、インターネットも、携帯電話もない時代です。

貧乏旅行ですから、ますますお金の必要性が身にしみます。しかし、単位はとっていないし、このままでは卒業するにも、人より2年は余計にかかりそうです。そして、無事に卒業でき、仮に一流企業に就職できたとしても、金儲けはできそうもない。しかも、その企業が不況のおりで倒産でもすれば路頭に迷うはめになる。どんな状況でも生きていけるようにするには、何か特別な資格とか技術を身につけなければいけません。そこで、医者か歯医者になろうと人生の方向を転換したのです。

つまり、世のため人のためとか、あるいは病に苦しんでいる人をたすけようとか、あるいは学問としての医学に興味があったという高尚な理由ではなく、実に御粗末な動機で医者になろうと決心したのです。


正直にいいますと学生時代はあまり勉強しませんでした。しかし風光明媚、人情豊かなものの、これといった遊興の場がない地方都市の田舎大学で、勉強しないとなると、時間が余って困ります。 何もすることがない。金もない。本を読むのは好きでしたから、自然と図書館で過ごすことになります。
もともと、文科系ですから、政治、哲学、歴史などの本を読み漁ることになります。
その中でも、特に哲学の方に興味が集中しだし、卒業の最後の1年以外の5年間は、医学書よりむしろ哲学の本を多く読んだようです。
意識、存在、政治、歴史といったものが興味の中心を占めるようになり、2、3年内科医をしたあと、当時マルクス・レーニン主義に支配されており、かつ医学水準の高いポーランドのワルシャワ医学アカデミーに縁あって留学します。
そこで、脳の構造と意識をテーマに博士号をとり、またその見地から唯物史観の見なおしをなそうという壮大な、あるいは言葉をかえていえば、愚かなることドン・キホーテのような精神で行ったわけです。

しかし、そこで多くのポーランド美人に出会い、結局はやすききに流れてしまい、ほとんど勉強せずに終わります。そして偉大な思想も哲学も、女性の白いふくよかな乳房の前にあっては一片の力もないという、これまた当然すぎるほどの単純な真実を理解します。
世界を動かしているものは偉大な思想ではなく、結局、生々しい金と色である、共産主義国家でもそうなのだという認識です。
そこで、それをテーマに小説を書き、世界を変革しようと、夜の長い寒いワルシャワで、ワープロを前に延々と過ごす日々が始まります。文学のドン・キホーテと転身したのです。
しかし、数年間がんばったのですが、結局いいものが書けず、才能がないことに気づき、これも放棄します。所詮、無能なドン・キホーテにすぎなかったのです。


しかしこんなことをしていましたので、もともと金持ちになろうと思って医者になったのですが、まったく金が貯まりません。
歳ばっかり食ってしまいます。
そこで、しょうがないなーという気持ちで、開業でもするかと準備を始めます。半ばやけくそです。
しかし、その準備の段階で、現代医療のすさまじい無駄と苛酷さにあらためて気づきます。 医の原点は「病を治す」というたった一言につきるはずなのですが、今の医療はあまにもそこから離れ、巨大な資本に組み込まれ、集金マシーンになりはてています。いや、集金マシーンであるくらいならまだましですが、最初に述べたように、真実のところは殺人マシーンになっているのです。
つまり強盗殺人と同じです。 その殺人のための最大の武器は、「薬」です。副作用と表裏一体となった医薬品なのです。
あたりまえのことなのですが、効く薬ほど副作用が強いのです。それを十分に知りながらも、日本を筆頭にして欧米の医師たちは、巨大な資本主義システムの中で、ほとんど処方箋マシーンさながらに、見境もなく大量に強烈な薬を処方していきます。
その典型的な例が、がん治療に施される、サディスティックで異常な儀式とさえうつる抗がん剤の投与です。
多くの患者さんは副作用のために丸ぼうずになり、ゲロを吐き吐き、七転八倒しながら死んでいきます。抗がん剤などいっさい使わないほうがよほどましなはずです。もっとましなやり方があるはずです。もっと心と体にやさしい治療があるはずです。もっと安らかに古人は死んでいったはずです。

しかし、大きな病院に努めている医者は結局普通のサラリーマンと同じですから、それに気づいていても、何もできないのです。そして、開業医たちは、生きていくためにも、また経営者としても、処方箋マシーンであり続けなければいけません。何とかならないものか…。


ゆっくりと、改革への意志がわいてきます。また愚かなる精神のドン・キホーテが頭をもたげてくるのです。何とかせねばならないのです。このままでは、21世紀は医療ファシズムの世紀になってしまいます。

ぼくたちの手から医療がどんどん離れ、医師や巨大な薬品会社に医療が独占され、今、現実にアメリカで行なわれつつある、例えば、がんには抗がん剤、放射線、手術のこの三つがオフィシャルな治療法で、それ以外は非合法であるといった、実に恐ろしい事態が迫っているのです。

政治学科にいたころの、あの破壊と改革に燃えた左翼学生たちの熱気と情熱が、今、やっと本当に理解できるのです。
「病を治す」というたった一語に集約できる医療が、いつのまにか不当にゆがめられ、病を治すことができなくなったばかりか、逆に病を生み出しているのです。

患者さんの唯一の願いは、癒されることです。それにつきるのです。治してくれる者、あるいは方法が、医者や現代医療でなくてもいいのです。祈祷師でもいいし、母親の手でもいいし、どこそこの銘水でもいいし、鍼灸師でもいいし、不思議な薬草でもいいし、ネットワークビジネスで販売されているビタミン剤でもいいし、足の裏刺激でもいいし、要するに何でもいいし、誰でもいいのです。

この痛みを、この疲労を、このアトピー性湿疹を、このめまいを、この不眠を、この冷えを、この熱を、この咳を、この頻尿を癒してくれる人が名医であり、効果的な治療なのです。医師免許さえ不要であり、その治療が二重盲検試験で検証されていようがいまいが、どうでもいいのです。

厚生労働省が認めていないすべてのサプリメントやハーブにも病を治す力があり、すべての人が医療を行なえる権利があるのです。医療を、医師に独占させてはいけないのです。医療は万人が共有すべきものなのです。


幸い、時代はインターネットというツールをぼくたちに与えてくれました。
それによって、世界中の人々が一瞬にして、結びつくことができます。また、その気になれば、すべての人々が、大学医学部で使用されている教科書よりも最新の医学知識を自宅で簡単にコンピュータから得ることができます。

つまり、だれしもが医療にたずさわれ、自由に参加することができるのです。やっと真の情報化社会が到来したのです。このサプリメント・クリニックを訪れている人は、あなた以外はいないように見えますが、普通のクリニックの数百倍、いや数千倍の患者さんとその家族、恋人、知友が集まっています。決してあなた一人ではないのです。

ぼくはこのインターネットのクリニックを通じて21世紀を「脱病院化社会」に変革しようと考えています。
人を幸福にする医療を築かねばならないのです。

もう病院は、救急病院、外科手術をする病院、大学の研究用の病院の三つしか必要ではありません。開業医は不必要です。誰しもが医療行為を行なえるように、医師の免許制もなくしてしまったほうがよほどすっきりしてきます。
21世紀のキーワードの一つは、間違いなく「脱病院化社会」なのです。

ぼく個人としては、今、やっと人生の本当の目的が見えてきたようで、燃えています。ずいぶん無駄なことばかりやってきたようなのですが、それが一つの大きな目標に向かって収斂していくようです。

今度こそ、愚かなる精神のドン・キホーテを最後まで発揮し、日本を世界初の「脱病院社会」に変革し、その理念をヒトゲノム解読完了という人類史上画期的な事件と共に始まった21世紀に向かって発信していきたいと思っています。

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